ヒミツのみわちゃん

雑記ブログです。

星空行き列車 3

こんばんは、miwaです。
閲覧ありがとうございます⋈*
大切な時間でこのブログを読んでくださる
あなたへ感謝を申し上げます。





走ってきたのか呼吸が荒い。
通り過ぎていく車のライトに一瞬
照らされた額には、べっとりと汗が
滲んでいるのが見えた。



飲み会という名の、窮屈なハラスメント大会から
解放された喜びで浮かれていたのかもしれないが、
追いかけられていることに気付かないとは
自分でも予想外だった。



歩道に埋められている、色のついたブロックだけを
踏みながら歩くという、子供じみた遊びを
している場合ではなかったのだ。



警戒心がない、間抜けな自分を呪った。



家まで送ると言われたので、
得体の知れないこの男を刺激しないように、
ここから家までは近いから付き添いは必要ない。
という微妙な理由を説明し、そこに謝罪を織り交ぜつつ丁重に断ったが、やっぱり納得してはもらえなかった。



どう諦めてもらおうか考えを巡らせていると、
並ぶように歩いていた男が
いきなり目の前に回り込み、俯いていた私の顔を
中腰で覗き込んできたので、ギョッとした。



肉欲をどう満たしてやろうかという気迫の
こもった目がそこにはあった。



心臓の動きが一気に加速し、
胸にすうっと冷たい夜風が流れていく
感覚がした。



ガラの悪い野良犬に運悪く標的にされ、
いつ噛み付いてやろうかと様子を伺われているような生きた心地のしない恐怖が襲い、全身が緊張で
固くなる。



自分の内蔵や血液がするすると抜け落ち、
空っぽの入れ物になったような寒さに足が震えたが、
怖がっていることを男に悟られるとまずい気がして
平静を装った。



呆然と立ち竦む私のことなど、まるで見えていないかのように、男は第一関門を突破しようと
「家まで送る」を繰り返していた。





他人の気持ちなど完全無視で、ただ、自分の欲望を満たすことしか考えていない醜さに、吐き気を催しながらも、この場を打開する方法を探し出すことに意識を向けることで、正気を保った。



縋るように辺りに視線を向けると
白い光を捉えた。



街灯の少ない夜道の中で
くっきりと浮き出て見えるそれは、
コンビニが放つ光だった。



男の背後、ここから100mほど先に
歩道の左脇から私を導くように、煌々と光を放っている。



その清潔な明るさを見ていると、
身体の底からじわじわと温かい勇気が沸き出てきた。




コンビニが放つ光から目線を外し、
私はしっかりと男を見る。



この男の目に、私はどう映っているのだろう。
自分の思うがままに操ることができる、
都合のいい女とでも思っているのだろうか。



冗談じゃない。



今度はふつふつと怒りが沸き上がってくるのを
感じた。その火種を絶やさないようにするため、
乞食のような恰好で説得を試みている不潔な男に、あえて見下した視線を落とし、自分自身をあおった。



私がアクションを起こしたことにより
少し驚いた素振りを見せたが、男は何故かニタニタと
不気味に笑っている。



頭の中で、その男の頭上めがけて唾を吐きかける
妄想をした。



男は怒るだろうか。それとも狼狽えるだろうか。
どっちにしろ、みっともない。



この男に与えられた恐怖を、
倍にして返してやろうと唐突に思いついた。



終わる見込みのない攻防戦にくたびれていたが、
飲み会でされたことや今の状況を考えると
この男に一矢報いなければ気がすまなかったのだ。



私の目に映る男は、完全に変な奴だった。



目には目を歯には歯をのことわざに則り、
変な奴には変な奴で対抗するしかダメージを
与えられないだろうと何故か思った。



もう、震えは止まっていた。



もう一度、コンビニが放つ白い光を確認し、
口から大きく息を吸い込む。



肺いっぱいに空気がたまった瞬間、
パンっ!っとスターターピストルの
乾いた音が聞こえた。



次の瞬間、私は穿いていたヒールを素早く脱ぐと、
片手に一つずつ握り、そのまま両腕を耳にピッタリと
くっつけるように持ち上げ、
目を大きくかっぴらき、威嚇した。



さらに、相手を恐怖のどん底に突き落とす仕掛けとして、両腕を上げた状態の上半身を、メトロノームの振り子のように左右に振りつつ、ソプラノ歌手もたじろぐであろう高音で奇声をあげながら、
台風の如く、光を目がけて猛ダッシュした。



途中、後ろの様子が気になったが、
万が一、追いかけてきていたら怖いので
とにかく光を目指して、走る。走る。



長い100mだった。
上半身を揺らしながら走っているせいで、
もっと早く前に進みたいのに、なかなか早く進めないジレンマに陥り、焦れったくて泣き出しそうになる。



裸足になった足の裏には、地面を踏みしめるたびに小石が食込み痛かった。



なにより、奇声をあげながら走るのは、
想像以上に苦しく、久しぶりに全力疾走したせいか、呼吸をするたびに肺が軋んで痛みを伴った。
その痛みを感じるたびに、
この選択をしたことを後悔したが、
逃げ切るための御守りだと思って、叫び続けた。



フラフラになりながらコンビニの前まで辿り着き、
後ろを振り返ると、男は元の位置でマネキンのように突っ立っていた。



立ち止まると、一気に汗が吹き出し
身体がブワッと熱くなる。



乱れた呼吸を整えつつ、
男がどう出るかしばらく様子を窺ったが、
依然として動く気配はない。



身体中の力がゆるゆると抜けていった。



爽快だった。



普段なら、絶対にやらないようなことを、やり遂げてしまった背徳感と達成感に興奮していた。



私は、男の表情が読み取れないのをいいことに、
困惑した間抜けな顔を勝手に想像する。



その顔に向かって「ざまあみろ!」と心の中で
叫んだつもりだったが、
うっかり声に出てしまっていた。



今の発言に腹を立てて追いかけてきたら
どうしようかと一瞬怖くなったが、
走ってくるそぶりはなく、ほっとした。



私の声が届いたのかは分からないが、
男は踵を返して、
夜に紛れるように消えていった。





男の背中を見届けたあとは、
私に勇気を与えてくれたコンビニでアイスを
買って帰った。



どん底から自力で這い上がったあとのアイスは、
いつもより特別な味がした。
私は一口一口、確かめるように口の中で
ゆっくりと幸福を溶かした。






あの夜の一件から、男は私を見ると、
化け物にでも遭遇したかのように、
一目散に逃げていく。



そんな、あからさまな避け方をされているおかげで、
その光景を目撃した人たちに、
あの二人なんかあるっぽいぞと、嫌な勘違いを
されるという二次被害を被ったが、反応したら
負けだと思い、何を聞かれても全く
身に覚えがないというような演技で乗り切った。



男が何か余計なことでも吹聴していないか、
気が気じゃなかったが、心配していたことは
起きなかった。
もしかしたら男には、あの日の出来事を話す相手が
いないのかもしれない。



どうか、そのまま誰にも話さずに
墓場までもっていってほしいと、
残酷なことを思っていた。

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